Unacademy:YouTubeから30億ドル企業へ インド教育革命の軌跡と未来展望

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June 5, 2025

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第1章 Unacademyの夜明け:情熱が生んだ教育プラットフォーム

聞いてわかる記事のポイント

1.1. 二人の出会いとKhan Academyからの触発

Unacademyの物語は、共同創業者であるガウラヴ・マンジャル氏とローマン・サイニ氏が大学時代、インドの試験対策予備校(コーチングセンター)で共に学んだことから始まる。マンジャル氏は12歳でコーディングを始め、17歳でGoogle AdSenseから収益を得るなど、早くからテクノロジーとコンテンツ制作に長けていた。一方、サイニ氏は医師であり、学業優秀な人物だった。

2010年、大学3年生だったマンジャル氏は、当時世界的に注目を集めていたオンライン学習プラットフォーム「Khan Academy」に触発され、UnacademyというYouTubeチャンネルを開設。当初は自身でコンテンツを制作していたが、やがてサイニ氏も参加し、彼が作成した動画は数百万回再生される人気を博した。この成功体験が、後のプラットフォーム構想へと繋がっていく。

1.2. 「教育のためのYouTube」を目指して

彼らの初期のビジョンは壮大だった。「教育のためのYouTubeを作る」。当時、AmazonによるTwitchの買収など、YouTubeの「アンバンドリング(機能の切り出し)」が進んでいた。エンターテイメント分野でTwitchが成功したように、教育分野でも特化したプラットフォームが成立しうると考えたのだ。

当初は試験対策に特化していたわけではなく、優秀な人材がオンラインで手軽に教えられるプラットフォームを目指した。オフラインでは多忙で教壇に立てないような専門家や知識人が、オンラインでその知見を共有する。そして、あらゆるトピックにおいてトップ100の講師が存在し、その動画が何百万人もの人々に視聴される。そんな未来を彼らは描いていた。

1.3. YouTubeチャンネルから企業へ:Unacademy 1.0

YouTubeチャンネルとしての活動は順調に成長し、マンジャル氏は23歳で一度別の会社を起業し売却する経験も積んだ。しかし、Unacademyのチャンネルは常に成長を続けていた。そして、サイニ氏の動画が爆発的な人気を得たことを機に、彼らは本格的にUnacademyを企業として立ち上げる決意をする。

初期のUnacademyは、教育者自身がコンテンツを容易に作成し配信できる「教育者向けアプリ」を開発。これにより、編集ソフトや録画機材、ペンタブレットといった専門的な機材やスキルがなくとも、スマートフォン一つで講義動画を作成できるようになった。これは、コンテンツ作成の民主化であり、多くの優秀な教育者がプラットフォームに参加するきっかけとなった。サイニ氏自身もこのアプリのヘビーユーザーであり、2014年から2015年にかけてインドでトップクラスのコンテンツクリエイターとなった。

このプラットフォーム上で、多くの教育者がスター講師となり、Unacademyの名をインド全土に轟かせた。まさに、彼らが目指した「教育のためのYouTube」の原型がここにあったと言えるだろう。

第2章 試練と変革:コロナ禍、赤字、そしてピボット

2.1. コロナ禍という逆風とオンライン事業の失速

順風満帆に見えたUnacademyだが、新型コロナウイルスのパンデミックは大きな試練をもたらした。オンライン教育の需要は一時的に急増したものの、その後、市場の逆風が吹き始める。オンライン事業はピーク時の50%にまで落ち込み、企業は年間1億5000万ドルもの赤字を計上する事態に陥った。

マンジャル氏はこの時期を「悪夢のようだった」「月に一度はパニック発作を起こしていた」と振り返る。睡眠薬なしでは眠れず、精神的に追い詰められた日々。共同創業者のサイニ氏もまた、不眠に悩まされ、32歳にして初めて喫煙を始めたという。成功の頂点から一転、マリアナ海溝の底に突き落とされたような感覚だったと彼らは語る。

株主からのプレッシャーも増した。「なぜこんなに赤字が大きいのか」。かつては「もっとマーケティングに資金を投じろ」と言っていた人々が、半年で手のひらを返した。CEOであるマンジャル氏は、最終的な責任は自分にあるとしながらも、その変化の速さに戸惑いを隠せなかった。

2.2. 痛みを伴う改革:人員削減とオフラインへの進出

この危機を乗り越えるため、Unacademyは大規模な人員削減を含むリストラクチャリングを断行。数千人規模の解雇は苦渋の決断だったが、事業を存続させるためには不可避だった。

同時に、Unacademyは大きな戦略転換を行う。オンライン一本槍だった事業モデルから、オフラインの学習センターへと進出したのだ。これは、コロナ禍を経て「対面で学びたい」という学習者の需要に応えるための決断だった。オンライン教育の可能性を信じ続けてきた彼らにとって、この方向転換は大きな葛藤を伴ったが、市場のニーズを最優先した結果だった。

現在、Unacademyは40のオフラインセンターを運営し、オンライン事業も継続している。オフライン事業はまだ2年目だが、初期投資を回収し、収益化するには3年から5年の時間が必要だと彼らは見ている。しかし、一度確立すれば、追加コストなしで収益を倍増させるポテンシャルを秘めているという。

2.3. Airlearnの誕生:Duolingoへの挑戦とAIの活用

逆境の中で、Unacademyは新たな成長の種も蒔いていた。それが、AIを活用した言語学習アプリ「Airlearn」だ。マンジャル氏は以前からDuolingoのプロダクトのファンであり、自身も100日以上連続で使用した経験があった。しかし、Duolingoのゲーミフィケーションに偏ったアプローチや文法説明の不足といった点に課題も感じていた。

「Duolingoの嫌いな部分を改善したアプリを作れないか」。プロダクト開発者としての血が騒いだマンジャル氏は、新たな教授法を取り入れたAirlearnを開発。リリース後わずか6ヶ月でARR(年間経常収益)250万ドルを達成し、ユーザーレビューでは「Duolingoより優れている」との声が3件に1件の割合で寄せられるなど、大きな成功を収めた。

Airlearnの成功は、Unacademyにとって新たな希望となった。AIが教育に大きなインパクトを与えうる分野として言語学習に着目し、既存の巨大企業に挑戦状を叩きつけたのだ。

第3章 Unacademy成功の鍵:戦略と実行力

Unacademyの成長は、単なる幸運やタイミングの良さだけでは説明できない。そこには、緻密な戦略と卓越した実行力があった。

3.1. マーケットインサイト:巨大な試験対策市場への着目

インドにおける試験対策市場の巨大さを見抜いたことが、Unacademyの最初の成功要因と言えるだろう。UPSC(インドの公務員試験)や医学部入試など、人生を左右する重要な試験に対する需要は根強く、質の高い教育コンテンツへの渇望があった。

3.2. コンテンツ戦略:質の追求とクリエイターエコシステムの構築

  • トップクラスの講師陣:サイニ氏自身が医学博士であり、難関試験を突破した実績を持つことから、学習者は彼に「希望」を見出した。Unacademyは、同様に実績のある優秀な講師を多数集め、質の高い講義を提供した。
  • コンテンツ作成の民主化:前述の「教育者向けアプリ」は、多くの才能ある個人が教育コンテンツクリエイターとなることを可能にした。これにより、多様な専門分野のコンテンツが充実し、プラットフォームの魅力向上に繋がった。
  • YouTubeの徹底活用:初期の集客とブランディングにおいて、YouTubeは極めて重要な役割を果たした。一時は100以上もの専門チャンネルを運営し、ターゲット層へピンポイントにリーチ。月間5000万再生を達成するなど、圧倒的なプレゼンスを確立した。

3.3. プロダクト戦略:ピボットとAI活用

  • 選択と集中:当初の「教育のためのYouTube」という広範なビジョンから、収益性の高い試験対策市場へとピボットした判断は正しかった。
  • Airlearnによる新市場開拓:Duolingoという巨人が存在する市場にあえて参入し、AIを活用することで新たな価値を提供。これは、Unacademyのプロダクト開発力の高さを示すものだ。
  • オフライン展開:オンライン事業の不振に対し、迅速にオフラインへと舵を切った柔軟性も特筆すべき点だ。

3.4. マーケティング戦略:オーガニックグロースとプロダクト主導

  • 初期のオーガニックな成長:質の高いコンテンツが口コミで広がり、初期の成長を牽引した。
  • UGC(ユーザー生成コンテンツ)の活用:TikTokでインフルエンサーにアプリをレビューしてもらうなど、UGCを活用したマーケティングを展開。これは、かつてインドでYouTubeを活用した戦略の再現であり、彼らの得意とするところだった。
  • プロダクトレッドグロース:Kファクター(口コミによる拡散効果)を重視し、プロダクト自体の力で成長するモデルを目指した。
  • 大規模イベントの開催:年に数回、ボリウッドスターや著名人、トップ講師、成績優秀者などを招いた大規模な教育イベント「Unacademy Accelerate」を開催。ブランド認知度向上とコミュニティ形成に貢献している。

3.5. 経営戦略:危機管理と効率化

  • 財務規律の確立:年間1.5億ドルの赤字から、現在は実質的な営業黒字化目前まで回復。これは、徹底したコスト削減とオペレーション効率の改善によるものだ。
  • IPOへの準備:今後2年以内のIPOを目指しており、財務の健全化はそのための重要なステップとなる。
  • 共同創業者間の信頼:困難な時期を共に乗り越えてきたマンジャル氏とサイニ氏の強固な信頼関係は、企業の安定にとって不可欠な要素だ。

第4章 Unacademyから学ぶべき教訓と応用

Unacademyの挑戦は、他の教育関連企業やスタートアップ、さらには教育業界全体にとって多くの示唆を与えてくれる。

4.1. ニッチ市場の発見と深掘りの重要性

Unacademyは、インドの「試験対策」という巨大かつ特殊な市場に焦点を当てることで成功を掴んだ。これは、特定のニーズに深く特化することの重要性を示している。

4.2. クリエイターエコノミーの可能性

個人の発信力をプラットフォーム上で組織的な力へと転換させたUnacademyの戦略は、教育分野におけるクリエイターエコノミーの可能性を示唆する。才能ある個人が活躍できる場を提供し、その力を最大化する仕組み作りは、他の分野でも応用可能だろう。

4.3. アジャイルな事業転換の必要性

市場環境の変化に合わせて、大胆なピボット(事業転換)を行う勇気と決断力。Unacademyは、オンラインからオフラインへ、そしてAIを活用した新サービスへと、常に変化に対応してきた。この柔軟性は、変化の激しい現代において不可欠な要素だ。

4.4. テクノロジー活用の深化:AIによるパーソナライズ

Airlearnの事例は、AIが教育のパーソナライズをいかに進化させうるかを示している。個々の学習進度や理解度に合わせて最適な学習コンテンツを提供することは、教育効果を飛躍的に高める可能性がある。

4.5. グローバル市場への挑戦

Airlearnがアメリカ市場で成功を収めていることは、インド発のEdTech企業がグローバルに通用する可能性を示している。特に英語学習市場は世界的に巨大であり、Unacademyの今後の展開が注目される。

4.6. 失敗からの学びと再起力

巨額の赤字や人員削減といった困難を乗り越え、再び成長軌道に乗ったUnacademyの経験は、失敗を恐れず挑戦し続けることの重要性、そしてそこから学びを得て再起する力の尊さを教えてくれる。

第5章 AI時代の教育:Unacademyが描く未来図

インタビューの後半では、AIが教育に与える影響と、Unacademyの将来展望について語られた。

5.1. AIチューターの可能性と限界

マンジャル氏は、「AIチューターが私たちにあらゆることを教えるようになるだろう」と予測する。特に、言語学習や高校・中学レベルの学習においては、必ずしも著名な「スター講師」は必要なく、むしろ個別化された丁寧な指導が求められる。AIは、このようなニーズに応える可能性を秘めている。

しかし、AIには限界もある。特に、文脈が複雑になるほど「ハルシネーション(もっともらしい嘘をつく現象)」を起こしやすくなるという課題は、現時点では解決されていない。サム・アルトマン氏(OpenAI CEO)もインド訪問時に同様の課題を指摘していたという。

5.2. 試験対策におけるAIの役割:あくまで補助ツール

一方で、Unacademyの中核事業である試験対策においては、AIが人間の講師に取って代わることはないだろうとマンジャル氏は考えている。試験対策は単なる知識の伝達ではなく、一種の「競争」「トーナメント」であり、学習者は実績のあるコーチからの指導や精神的なサポートを求める。AIは、リアルタイムでの質疑応答や補足資料の提供といった「補助的なプロダクト」としての役割が期待される。

5.3. 教育は「サービス業」から「プロダクト業」へ

歴史的に見て、EdTechは「サービス業」の側面が強かった。しかし、AIの進化により、これが「プロダクト業」へと転換していく可能性があるとマンジャル氏は指摘する。つまり、よりスケーラブルで、個別化された教育プロダクトが主流になるという予測だ。宿題のヘルプなど、従来は近所の先生に頼っていたようなサービスも、AIプロダクトに置き換わっていくかもしれない。

5.4. Unacademyの将来展望

  • IPOとグローバル展開:今後2年以内のIPOを目指し、Airlearnを足がかりにアメリカ市場をはじめとするグローバル展開を加速させる。
  • インド市場でのリーダーシップ維持:競争が激化するインド市場において、オンラインとオフラインの両輪でリーダーシップを維持・発展させていく。
  • 新たな教育分野への進出:言語学習で得た知見を活かし、プログラミング教育など、AIチューターが価値を発揮しやすい新たな分野への進出も視野に入れている可能性がある。

第6章 おわりに:Unacademyが示す教育の未来と起業家への示唆

Unacademyの物語は、インドという巨大市場を舞台にした教育革命の縮図だ。YouTubeチャンネルというささやかな始まりから、幾多の困難を乗り越え、30億ドル企業へと成長を遂げた軌跡は、多くの示唆に富んでいる。

教育の未来像:AIの進化は、教育のあり方を根底から変える可能性を秘めている。個別最適化された学習、時間や場所を選ばない教育アクセス、そしてより効率的で効果的な学習方法。Unacademyの挑戦は、その未来像の一端を示している。しかし同時に、人間の講師が持つ経験、共感力、そして学習者を鼓舞する力は、依然として重要であり続けるだろう。テクノロジーと人間の融合こそが、未来の教育の鍵となるのかもしれない。

起業家への示唆:Unacademyの共同創業者が語った言葉は、これから起業を目指す人々にとって貴重なアドバイスとなる。

  • ビジネスモデルの重要性:かつては市場が最も重要だと考えていたマンジャル氏だが、今は「ビジネスモデルこそが最も重要だ」と語る。特に、リテンション(顧客維持率)の高いビジネスモデルを構築することの重要性を強調している。
  • リーンな組織運営:AI時代においては、多くの業務が自動化可能になるため、チームは極力リーン(無駄がない状態)に保つべきだとサイニ氏は助言する。
  • 顧客ニーズの徹底的な追求と未来志向:顧客が本当に何を求めているのかを深く理解し、数年後を見据えたプロダクト開発を行うことの重要性を説く。
  • 「自分だけができる」というエゴを捨てる:クリエイターが事業をスケールさせるためには、自分以外の人間にも任せられるという信頼と、標準化されたプロセスを構築することが不可欠だ。

Unacademyの挑戦はまだ道半ばだ。IPO、グローバル展開、そしてAIという巨大な波をどう乗りこなし、教育の世界にどのような革新をもたらしていくのか。彼らの次なる一手から目が離せない。そして、この物語が、日本の教育業界やスタートアップシーンにも新たな刺激とインスピレーションを与えることを期待したい。

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