参考情報:https://www.youtube.com/watch?v=mtfB8GtJAWM
Unacademyの物語は、共同創業者であるガウラヴ・マンジャル氏とローマン・サイニ氏が大学時代、インドの試験対策予備校(コーチングセンター)で共に学んだことから始まる。マンジャル氏は12歳でコーディングを始め、17歳でGoogle AdSenseから収益を得るなど、早くからテクノロジーとコンテンツ制作に長けていた。一方、サイニ氏は医師であり、学業優秀な人物だった。
2010年、大学3年生だったマンジャル氏は、当時世界的に注目を集めていたオンライン学習プラットフォーム「Khan Academy」に触発され、UnacademyというYouTubeチャンネルを開設。当初は自身でコンテンツを制作していたが、やがてサイニ氏も参加し、彼が作成した動画は数百万回再生される人気を博した。この成功体験が、後のプラットフォーム構想へと繋がっていく。
彼らの初期のビジョンは壮大だった。「教育のためのYouTubeを作る」。当時、AmazonによるTwitchの買収など、YouTubeの「アンバンドリング(機能の切り出し)」が進んでいた。エンターテイメント分野でTwitchが成功したように、教育分野でも特化したプラットフォームが成立しうると考えたのだ。
当初は試験対策に特化していたわけではなく、優秀な人材がオンラインで手軽に教えられるプラットフォームを目指した。オフラインでは多忙で教壇に立てないような専門家や知識人が、オンラインでその知見を共有する。そして、あらゆるトピックにおいてトップ100の講師が存在し、その動画が何百万人もの人々に視聴される。そんな未来を彼らは描いていた。
YouTubeチャンネルとしての活動は順調に成長し、マンジャル氏は23歳で一度別の会社を起業し売却する経験も積んだ。しかし、Unacademyのチャンネルは常に成長を続けていた。そして、サイニ氏の動画が爆発的な人気を得たことを機に、彼らは本格的にUnacademyを企業として立ち上げる決意をする。
初期のUnacademyは、教育者自身がコンテンツを容易に作成し配信できる「教育者向けアプリ」を開発。これにより、編集ソフトや録画機材、ペンタブレットといった専門的な機材やスキルがなくとも、スマートフォン一つで講義動画を作成できるようになった。これは、コンテンツ作成の民主化であり、多くの優秀な教育者がプラットフォームに参加するきっかけとなった。サイニ氏自身もこのアプリのヘビーユーザーであり、2014年から2015年にかけてインドでトップクラスのコンテンツクリエイターとなった。
このプラットフォーム上で、多くの教育者がスター講師となり、Unacademyの名をインド全土に轟かせた。まさに、彼らが目指した「教育のためのYouTube」の原型がここにあったと言えるだろう。
順風満帆に見えたUnacademyだが、新型コロナウイルスのパンデミックは大きな試練をもたらした。オンライン教育の需要は一時的に急増したものの、その後、市場の逆風が吹き始める。オンライン事業はピーク時の50%にまで落ち込み、企業は年間1億5000万ドルもの赤字を計上する事態に陥った。
マンジャル氏はこの時期を「悪夢のようだった」「月に一度はパニック発作を起こしていた」と振り返る。睡眠薬なしでは眠れず、精神的に追い詰められた日々。共同創業者のサイニ氏もまた、不眠に悩まされ、32歳にして初めて喫煙を始めたという。成功の頂点から一転、マリアナ海溝の底に突き落とされたような感覚だったと彼らは語る。
株主からのプレッシャーも増した。「なぜこんなに赤字が大きいのか」。かつては「もっとマーケティングに資金を投じろ」と言っていた人々が、半年で手のひらを返した。CEOであるマンジャル氏は、最終的な責任は自分にあるとしながらも、その変化の速さに戸惑いを隠せなかった。
この危機を乗り越えるため、Unacademyは大規模な人員削減を含むリストラクチャリングを断行。数千人規模の解雇は苦渋の決断だったが、事業を存続させるためには不可避だった。
同時に、Unacademyは大きな戦略転換を行う。オンライン一本槍だった事業モデルから、オフラインの学習センターへと進出したのだ。これは、コロナ禍を経て「対面で学びたい」という学習者の需要に応えるための決断だった。オンライン教育の可能性を信じ続けてきた彼らにとって、この方向転換は大きな葛藤を伴ったが、市場のニーズを最優先した結果だった。
現在、Unacademyは40のオフラインセンターを運営し、オンライン事業も継続している。オフライン事業はまだ2年目だが、初期投資を回収し、収益化するには3年から5年の時間が必要だと彼らは見ている。しかし、一度確立すれば、追加コストなしで収益を倍増させるポテンシャルを秘めているという。
逆境の中で、Unacademyは新たな成長の種も蒔いていた。それが、AIを活用した言語学習アプリ「Airlearn」だ。マンジャル氏は以前からDuolingoのプロダクトのファンであり、自身も100日以上連続で使用した経験があった。しかし、Duolingoのゲーミフィケーションに偏ったアプローチや文法説明の不足といった点に課題も感じていた。
「Duolingoの嫌いな部分を改善したアプリを作れないか」。プロダクト開発者としての血が騒いだマンジャル氏は、新たな教授法を取り入れたAirlearnを開発。リリース後わずか6ヶ月でARR(年間経常収益)250万ドルを達成し、ユーザーレビューでは「Duolingoより優れている」との声が3件に1件の割合で寄せられるなど、大きな成功を収めた。
Airlearnの成功は、Unacademyにとって新たな希望となった。AIが教育に大きなインパクトを与えうる分野として言語学習に着目し、既存の巨大企業に挑戦状を叩きつけたのだ。
Unacademyの成長は、単なる幸運やタイミングの良さだけでは説明できない。そこには、緻密な戦略と卓越した実行力があった。
インドにおける試験対策市場の巨大さを見抜いたことが、Unacademyの最初の成功要因と言えるだろう。UPSC(インドの公務員試験)や医学部入試など、人生を左右する重要な試験に対する需要は根強く、質の高い教育コンテンツへの渇望があった。
Unacademyの挑戦は、他の教育関連企業やスタートアップ、さらには教育業界全体にとって多くの示唆を与えてくれる。
Unacademyは、インドの「試験対策」という巨大かつ特殊な市場に焦点を当てることで成功を掴んだ。これは、特定のニーズに深く特化することの重要性を示している。
個人の発信力をプラットフォーム上で組織的な力へと転換させたUnacademyの戦略は、教育分野におけるクリエイターエコノミーの可能性を示唆する。才能ある個人が活躍できる場を提供し、その力を最大化する仕組み作りは、他の分野でも応用可能だろう。
市場環境の変化に合わせて、大胆なピボット(事業転換)を行う勇気と決断力。Unacademyは、オンラインからオフラインへ、そしてAIを活用した新サービスへと、常に変化に対応してきた。この柔軟性は、変化の激しい現代において不可欠な要素だ。
Airlearnの事例は、AIが教育のパーソナライズをいかに進化させうるかを示している。個々の学習進度や理解度に合わせて最適な学習コンテンツを提供することは、教育効果を飛躍的に高める可能性がある。
Airlearnがアメリカ市場で成功を収めていることは、インド発のEdTech企業がグローバルに通用する可能性を示している。特に英語学習市場は世界的に巨大であり、Unacademyの今後の展開が注目される。
巨額の赤字や人員削減といった困難を乗り越え、再び成長軌道に乗ったUnacademyの経験は、失敗を恐れず挑戦し続けることの重要性、そしてそこから学びを得て再起する力の尊さを教えてくれる。
インタビューの後半では、AIが教育に与える影響と、Unacademyの将来展望について語られた。
マンジャル氏は、「AIチューターが私たちにあらゆることを教えるようになるだろう」と予測する。特に、言語学習や高校・中学レベルの学習においては、必ずしも著名な「スター講師」は必要なく、むしろ個別化された丁寧な指導が求められる。AIは、このようなニーズに応える可能性を秘めている。
しかし、AIには限界もある。特に、文脈が複雑になるほど「ハルシネーション(もっともらしい嘘をつく現象)」を起こしやすくなるという課題は、現時点では解決されていない。サム・アルトマン氏(OpenAI CEO)もインド訪問時に同様の課題を指摘していたという。
一方で、Unacademyの中核事業である試験対策においては、AIが人間の講師に取って代わることはないだろうとマンジャル氏は考えている。試験対策は単なる知識の伝達ではなく、一種の「競争」「トーナメント」であり、学習者は実績のあるコーチからの指導や精神的なサポートを求める。AIは、リアルタイムでの質疑応答や補足資料の提供といった「補助的なプロダクト」としての役割が期待される。
歴史的に見て、EdTechは「サービス業」の側面が強かった。しかし、AIの進化により、これが「プロダクト業」へと転換していく可能性があるとマンジャル氏は指摘する。つまり、よりスケーラブルで、個別化された教育プロダクトが主流になるという予測だ。宿題のヘルプなど、従来は近所の先生に頼っていたようなサービスも、AIプロダクトに置き換わっていくかもしれない。
Unacademyの物語は、インドという巨大市場を舞台にした教育革命の縮図だ。YouTubeチャンネルというささやかな始まりから、幾多の困難を乗り越え、30億ドル企業へと成長を遂げた軌跡は、多くの示唆に富んでいる。
教育の未来像:AIの進化は、教育のあり方を根底から変える可能性を秘めている。個別最適化された学習、時間や場所を選ばない教育アクセス、そしてより効率的で効果的な学習方法。Unacademyの挑戦は、その未来像の一端を示している。しかし同時に、人間の講師が持つ経験、共感力、そして学習者を鼓舞する力は、依然として重要であり続けるだろう。テクノロジーと人間の融合こそが、未来の教育の鍵となるのかもしれない。
起業家への示唆:Unacademyの共同創業者が語った言葉は、これから起業を目指す人々にとって貴重なアドバイスとなる。
Unacademyの挑戦はまだ道半ばだ。IPO、グローバル展開、そしてAIという巨大な波をどう乗りこなし、教育の世界にどのような革新をもたらしていくのか。彼らの次なる一手から目が離せない。そして、この物語が、日本の教育業界やスタートアップシーンにも新たな刺激とインスピレーションを与えることを期待したい。