参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=eXQo1i0z190
ブランドン氏のゲームへの情熱は幼少期に遡る。クリスマスプレゼントとして手にしたゲームボーイカラーと「ポケットモンスター 青」が、彼の人生を大きく変えるきっかけとなった。ポケモンを集め、友人と通信ケーブルで交換し、画面の見えにくいゲームボーイカラーにかじりつく日々。限られた小遣いの中で手に入れたゲームソフトや関連グッズは、彼にとってかけがえのない宝物であり、その一つ一つを大切に保管する習慣は、後のレトロドードーの原点とも言える。
意外にも、レトロドードーはブランドン氏にとって最初の成功体験ではなかった。趣味でウェブサイト制作を始めた彼は、キャンピングカーに関するサイトを立ち上げ、YouTubeチャンネルと連動させることで人気を博し、2019年には約10万ドルで売却するという実績を持つ。この成功が、彼に「本当にやりたいこと」に挑戦するための資金と時間を与え、レトロゲームという彼の最大の情熱を注ぎ込む場として、レトロドードーが誕生した。
編集長のセブ氏と共に、レトロドードーはニッチながらも熱狂的なファンを持つレトロゲーム製品のレビューサイトとして急速に成長。読者が何を求めているのかを徹底的にリサーチし、「ソニックのラスボスの倒し方」や「新しいポケモンゲームで捕まえるべきトップポケモン」といった具体的なキーワードに応える質の高い記事を提供した。実際にゲームを購入し、何時間もプレイして攻略法を見つけ出し、読者の「ペインポイント」を解決するガイド記事を作成するという地道な努力が、読者の信頼を獲得し、オーガニック検索流入の爆発的な増加につながった。最盛期には月間200万近い検索流入があり、収益も月5万ドルに達した。その内訳は、ディスプレイ広告が60%、アフィリエイトが15%、YouTubeが10%、そしてスポンサーシップやコラボレーションが5%という、多角的な収益構造を確立していた。幼い頃に憧れた大手ゲームブランドとの協業も実現し、まさに夢のような日々であった。100万ドルでの買収オファーもあったが、ブランドン氏は自身の最初のサイトが売却後にAI生成の低品質なコンテンツで埋め尽くされ、見る影もなくなった経験から、レトロドードーというブランドを守りたいという想いで、このオファーを断っている。
順風満帆に見えたレトロドードーの航海は、突如として暗転する。グーグルの検索アルゴリズムのアップデートが、彼らのビジネスモデルを根底から揺るがしたのだ。月間200万近くあった訪問者数は、一気に20万程度まで激減。実に85%ものトラフィックを失った。「人々は文字通り私たちを検索しても、どこにも見つけられなくなってしまった」とブランドン氏は語る。この事態は彼に大きな衝撃と自己不信をもたらした。「過去6年間を振り返り、自分を責めた」と彼は言う。パニックに陥り、オンラインで助けを求め、業界の友人と話し合ったが、同様の小規模サイトを運営する仲間たちも皆、同じ苦境に立たされていた。それはまさに「あらゆるレベルでの純粋な終末」だった。
ブランドン氏は当初、自身のSEOの経験から、数週間で状況は改善すると楽観視していた。しかし、その期待は裏切られ、数週間が数ヶ月へと変わっても、トラフィックは回復しなかった。彼はチームを維持しようと努めたが、キャッシュは急速に底をつき、苦渋の決断として、共に働いてきた友人たちを一人、また一人と解雇せざるを得なくなった。
ブランドン氏は、グーグルのガイドライン自体は正しく、ウェブサイトがそうあるべきだと考えている。しかし、問題はグーグル自身がそのガイドラインに従っておらず、ガイドラインを忠実に守るウェブサイトが報われない現状にあると指摘する。彼の個人的な動画での訴えは大きな反響を呼び、グーグル側からロンドンでの非公式な会談の誘いを受ける。グーグルの検索担当であるダニー・サリバン氏との1対1の対話は、ブランドン氏にとって非常にオープンなものだったという。サリバン氏は、検索結果ページ(SERPs)をより良いものにし、独立系パブリッシャーをサポートする方法を学ぼうとしている真摯な姿勢を見せていたとブランドン氏は感じた。しかし、残念ながらその会談後も具体的な改善は見られず、トラフィックはむしろ悪化の一途を辿った。ブランドン氏は、グーグルに「ガスライティングされた(巧みに心理操作された)」と感じている。「大丈夫、良くなるから、この人参(のような希望)についてきて」と言われているようだが、実際には何も良くなっていない。グーグルは独立系パブリッシャーやガイドラインにおいて、もっとオープンで正直であるべきだと彼は主張する。
レトロドードーの事例は、グーグルの検索アルゴリズムに依存するビジネスモデルの脆弱性を浮き彫りにした。アルゴリズムの変更は、しばしばブラックボックスであり、その詳細なロジックは公開されない。これにより、サイト運営者は突然のトラフィック減少に直面し、その原因を特定し対策を講じることが極めて困難になる。
近年のグーグルのアップデートでは、大手メディアや権威性の高いドメインが優遇される傾向が見られるという指摘がある。また、Redditのような巨大プラットフォームや、AIによって生成されたコンテンツが検索結果の上位を占めるケースも増えている。これは、長年かけて質の高いオリジナルコンテンツを地道に制作してきた小規模な独立系サイトにとっては、非常に厳しい状況と言える。ブランドン氏が指摘するように、グーグルが自身のガイドラインで推奨する「ユーザー第一」のコンテンツ作りを実践しているサイトが、必ずしも評価されるわけではないという矛盾が生じている可能性がある。
さらに、AI技術の進化は、コンテンツ生成のあり方を大きく変えつつある。低コストかつ短時間で大量のコンテンツを生成できるAIは、一部では検索エンジンのランキング操作や、質の低い情報の拡散に利用される懸念も指摘されている。このような環境下で、人的リソースや資金力で劣る独立系メディアが、どのようにして独自性と価値を保ち、読者にリーチしていくのかは、業界全体の大きな課題である。
グーグルからのトラフィックという大きな柱を失ったブランドン氏だったが、絶望の中で新たな道筋を見出す。それは、特定の一つのプラットフォームに依存しない、より強固なメディアブランドの構築だった。彼の視点は、検索エンジン経由の「訪問者」から、ブランドを長期的に愛してくれる「コミュニティメンバー」へと転換した。
具体的な戦略として、まず物理的なプロダクトの開発に着手。「ドードー・ディスプレイ」と名付けられた、ゲームカートリッジや携帯ゲーム機を飾るためのモジュラー式ペグボードシステムはその一つだ。さらに、「ハンドヘルドの歴史」という書籍を出版し、これまでに15,000部以上を売り上げている。これは、15,000人のゲーマーに直接製品を届けたことを意味する。将来的には、英国で毎年レトロゲーム業界関係者を集めたイベントの開催も構想している。Tシャツなどのマーチャンダイズ展開や、子供向けのステッカーキットの開発も進めている。
これらの取り組みは、ウェブサイトへのトラフィックを単なる数字として捉えるのではなく、その先にいる「人」と直接的な関係を築き、彼らをブランドの熱心なファンへと転換させることを目指している。ブランドン氏は、「ウェブサイトを通じて、5年、10年、15年と私たちのコンテンツを読んでくれるコミュニティメンバーへと転換できる人々を引き込みたい」と語る。
動画の後半では、ブランドン氏のサイト運営に関して、専門家からの具体的なSEOアドバイスが提示される。特に注目すべきは、未発売ゲームの噂や憶測に関するコンテンツの扱いだ。ブランドン氏は当初、これらのコンテンツが「クリックベイト的」であり、グーグルが好まないものだと考え、関連ページをホームページにリダイレクトしていた。しかし、専門家は、ユーザーが実際にこれらの情報を求めているのであれば、削除やリダイレクトは悪手だと指摘する。
例えば、「MacRumors.com」というサイトは、iPhoneの噂に関するページを新機種発表の数ヶ月前から作成し、多くのバックリンクとトラフィックを集めている。そして、製品が正式に発表されると、そのページをレビュー記事に更新する。これにより、既存のリンクエクイティ(リンクの価値)を失うことなく、継続的にユーザーの関心を引きつけ、権威性を高めることができる。レトロドードーが持つ専門知識を活かして、噂の段階から質の高い予測や考察を提供し、製品発売後には詳細なレビューへと昇華させる戦略は、多くのバックリンクを獲得し、ブランドの認知度向上に繋がる可能性があった。
この事例は、「誰のためにコンテンツを作成するのか」という根源的な問いを投げかける。検索エンジンのためか、ユーザーのためか。理想的には両者の調和が求められるが、ユーザーが真に価値を感じるコンテンツこそが、長期的に見て検索エンジンにも評価されるべきである。SEOは、単に検索順位を上げるためのテクニックではなく、ユーザーが求める情報にスムーズに辿り着けるように「支援する」手段として捉えるべきだと、ブランドン氏自身も述べている。
レトロドードーの物語とブランドン氏の新たな挑戦は、今後の検索とメディアのあり方についていくつかの重要な示唆を与えてくれる。
レトロドードーとブランドン氏の物語は、デジタル時代のコンテンツビジネスがいかに不安定で、同時に可能性に満ちているかを示している。グーグルのアルゴリズムという巨大な波に翻弄されながらも、彼は情熱を失わず、新たな事業モデルへと舵を切った。その根底にあるのは、レトロゲームへの愛と、それを共有するコミュニティへの想いだ。
彼の挑戦は、検索エンジン最適化(SEO)が万能ではないこと、そして短期的なトラフィックや収益よりも、長期的なブランド価値と顧客との関係構築こそが重要であるという教訓を私たちに与えてくれる。将来、独立系メディアやコンテンツクリエイターは、変化を恐れず、多角的なアプローチと、何よりも「ユーザー(人間)第一」の精神を羅針盤として、自らの航路を切り拓いていく必要があるだろう。レトロドードーの次章が、そして彼が関わるかもしれない新たな検索エンジンの未来が、どのような景色を見せてくれるのか、注目していきたい。それは、デジタル世界の荒波の中で、真の価値を創造しようと奮闘する全ての人々にとって、希望の灯となるかもしれない。